壁一面が、クリップ・ボードで埋まる頃、娘も私も、そしてアルバート君も随分と年をとっていた。娘は、夢を叶え1冊の絵本を出版した。自費出版をしたのでたいそうな金額が掛かったと言っていたが、1冊の絵本はいつしか海を越えて世界中の子供達にも読んでもらえるようになった。娘は、翻訳家には依頼せず、自分の言葉で、世界の言葉を綴っていた。アルバート君が使っていた東北弁の混じった日本語のように少し可笑しな言い回しだったようで、編集者の方からかかってくる電話でいつも口調を荒げてもめていた。娘は常に「これが私の言葉なのだから、これでいいんです!」と一貫して校正しないまま出版した。世界の子供達は、遠い日本と云う国の人が書いた、可笑しな言葉の絵本をえらく気に入ってくれたようで本は増刷され続けた。
日本のメディアは、絵本作家である娘に目を付けた。しかし、彼等は絵本作家としての娘の才能に目を付けたのではなく、小学校さえ出なかった娘の生い立ちと、ひと目で解るイカレポンチな服装と驚く程端正な顔立ちとのギャップが金になると云う所に目を付けたのだ。娘は、そんな事は百も承知でテレビや雑誌の出演や取材の依頼を受けていた。娘は、注目される事で更に知らない国との繋がりが出来れば、更に多くの子供達が自分の絵本と出逢うきっかけになると考えていたらしい。娘が考えていた通り、絵本は更に多くの国に出版される事になった。その中にはチェロキー語の本もあった。チェロキー語での出版はかなり難しかったらしく、さすがに娘もアルバート君の力を借りなければならないと言っていた。「ところで、昔から思っていたのだがチェロキー語って言うのはどこの国の言葉だい?」私が訊くと娘は「いやだ、お父さん、チェロキー語はネイティブアメリカンの人達の言葉よ、ネイティブアメリカンの言葉はチェロキー語だけじゃないんだけど勉強が足りなくて今のところチェロキー語でしか書けないのよ」と言っていた。
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